新・北本創生へのイノベーションを探る連載(3回目)
このままだと人口減少が加速し、子どもと若者がいなくなる
連載の1回目は、北本市が抱える「ふたごの事実」である少子高齢・人口減少の実態を述べました。
2回目は、昭和40年代からの人口急増そして平成20年以降の人口減少の動態について述べました。
現在の人口減少は、昭和40年代の人口急増の反動的要素が強く、結果から見ると「必然的」であると言わざるを得ません。しかしそれは、人口動態を専門的に考察・分析すれば十分に予測できたことです。それができなかったことは、政治の不作為と前号で述べました。
下表1は、(一社)持続可能な地域社会総合研究所(所長:藤山浩)が、市町村の人口動態を国勢調査をベースに独自に推計したものです。
この研究所長は、独自開発の分析プログラムにより、人口減少で厳しい予測のある地方で、人口回復の実績を持っています。
今のままでは減少止まらず
2010年と2015年の比較で、4歳以下の人口増減率-19.9%。
小学生人口増減率-8.9%。
10代後半から20歳前半の男性8.4&、女性6.8%と、子ども人口の減少と若者の流出が大きくなっています。
一方、伊奈町と吉川市は人口が増加し、10代後半から20歳前半の男女が転入増になっています。桶川市は、北本市と同様の推移でありますが、数値は北本市に比べ低くなっています。
我々が危機感もって受け止める必要があるのか、30年後の2045年の予測数値です。過去と同様の人口動態であれば、人口増減率-35.1%で約43,000人。
高齢化率45.6%。その上子ども増減率-56%、30歳代男女増減率54%と30年でほぼ半数になるという予測値です。
特に図1のいわゆる「出産可能年齢層(20歳から39歳)」の女性人口が毎年約100人以上減少していく予測です。
表1における20歳代から30歳代女性人口の減少と子どもの減少を裏付けています。
3市1町1村希望の灯火か
この当時、埼玉県は戦略的プロジェクト構想していました。
例えば、「ユー&アイ構想」です。与野市・浦和市・大宮市・上尾市・伊奈町を合併させ、政令市にすることです。これは上尾市と伊奈町が抜け、与野・大宮・浦和市が合併に現在のさいたま市になりました。
熊谷市周辺は「テクノグリーン構想」。
そして北本市・桶川市・鴻巣市・吹上町・川里村の3市1町1村が「埼玉県央都市づくり構想(県央アクシス・プラン)」でした。昭和63年のことで、3市1町1村の希望の灯火でしょう。
平成6年には、北本市と桶川市は県が示した構想を具体化するために「県央アーバンアクシス計画」を策定しました。
交通体系の整備を契機に
計画書のはじめには、「この地域は、圏央道と上尾バイパス(高速埼玉中央道路)が整備され、交通体系、土地利用等に影響が出る」と、そして「構想で示されたプロジェクトの中から、構想を具体化するため桶川・北本地域でまちづくりを具体的な段階へと検討を進める」とし、21世紀に向けて飛躍的グレードアップ達成の足掛かりにするとあります。
夢いっぱいのものでした。下記図2が構想図です。この事業の重点地域は南北軸は、北本は南大通り線(郵便局)で南は桶川駅北部(川越線)まで、東西軸は、東は圏央道桶川IC、西は圏央道と上尾バイパスJCTの範囲です。
絵に書いたが幻に…
埼玉県央都市づくり構想(県央アクシス・プラン)は、「埼玉の中軸に位置し新住居・レクリェーションの新機能が展開する職遊住文化都市圏」を将来像としています。
そして国や県の道路整備に合わせ、その環境変化に対応した主要プロジェクトが考えられた。
- 桜と歴史の郷づくり、総合公園整備、駅東口区画整理、中央緑地である。
- 桶川市との連携で、東西IC・JCT周辺に学園都市の形成、新駅設置と周辺整備の促進を示しました。
学園都市の西部のゾーン(JCT)は、北里メディカルセンターを核に研究学園都市を形成する。大学等の高次教育施設を導入する。
しかし、基本は緑にかこまれ文化都市を都市の将来像を目指しと思われます。計画にも、「自然環境に調和したゆとりある住宅都市」を形成するため、住宅地、工業地、商業地、農地、緑地の「調和のとれた<安定した発展>を遂げるように、適正な土地利用を図っていく」と示しています。
それでどうなった ?!
圏央道の開通は遅れ、上尾道は桶川まで、高速は中断という国の方針転換や社会経済の激変(バブルの崩壊等)もあり、この計画は市政の中心政策からは忘れられ、結果は絵に書いた幻で終わっています。
高等教育機関や企業立地は、若者の流出を止める効果はあっただろうし、新駅は人口増加(又は流出防止)の役割が果たせかもしれませんが、政治の決断はできなかったようです。
今はこの時期決定された「久保区画整理事業」が、重荷になっています。(次回へ)